不倫が発覚した日の夜、私は眠れずにいた。
夫は隣で静かに寝息を立てていたけれど、私の心はざわざわと落ち着かなかった。
最近、夫の様子はおかしかった。
昇進して仕事が忙しくなり、パワハラ気味の上司に精神的にまいっているようだった。休日も仕事をすることが増え、スマホを肌身離さず持ち歩くようになった。
その違和感がずっと頭から離れなかった。
静かな夜、疑念から確信へ
眠れぬまま夜が更け、私はついに決意した。
――このままモヤモヤを抱え続けるくらいなら、確かめてしまおう。
夫の枕元に置かれたスマホをそっと手に取り、ロックを解除した。
パスコードは私達の結婚記念日だ。
LINEを開き、真っ先に確認したのはトークの「非表示リスト」。
そこに、私は見覚えのない名前を4つ見つけた。
1つめのトーク履歴を開くと何も残っていなかった。削除してしまったのだろうか。
次は、脅迫されている相手であるA子。
そして残り2つは、B子とC子――どちらも夫の職場の女性だった。
B子は既婚者で、夫と同じ会社で働く後輩。
C子は独身の後輩で、以前から何となく名前だけは聞いたことがあった。
彼女たちとのトーク履歴を見て、私は言葉を失った。
深夜の「会いたい」「早く家に来て欲しい」
平日昼間の「可愛い写真送って♡」
夫は仕事に行っているのではなく、不倫相手に“会いに”行っていたのだ。
静まり返った部屋の中で、私の心だけがざわついていた。
この人は、一体どれだけの嘘を積み重ねてきたのだろう。
A子だけじゃなかった。B子も、C子も。
3人もいるなんて、どうやって隠していたのか。
どうして、私は一度も気づかなかったのか。
夫は愛妻家で子煩悩だと思っていた。
私は優しい夫と可愛い子どもたちに囲まれて、幸せな生活を送っていると思っていた。
この瞬間、私の中の何かが音を立てて崩れた。
不倫相手たちへ電話:1人は認め、1人は否定
LINEの履歴を一通り確認した私は、冷静さを装いながらも、内心は怒りと動揺で震えていた。
けれど、今ここで泣き崩れても仕方ない。
確実な証拠が欲しかった。LINEの履歴だけでは夫は言い逃れることができる。
夫に確認する前に、相手の口から聞いておきたかった。
私はまず、既婚の後輩・B子にLINEが電話をかけた。
古いスマホの録音機能を使って会話を録音することにした。
…出ない。と思っているとすぐ折り返し電話が来た。
「……もしもし?」
眠そうな、けれどどこか嬉しそうな声。
私は落ち着いた声で言った。
「〇〇(夫の名前)の妻です。夫からあなたとの関係をすべて聞きました。夫とののLINEも全部、見ました。事実確認のため電話しています。今、お話できますか?」
少しの沈黙のあと、B子は震えるような声で言った。
「……はい。」
B子は夫と半年前から一緒に食事に行くようになったこと、ラブホテルで体の関係を持ったことを認めた。
「あなたの方から誘いましたね?」と聞くと、B子は「…はい。」と答えた。
「あなた既婚者ですよね?旦那さんはこのことをご存知ですか?」と聞くと、
「…いいえ、知りません。」と返ってきた。
「わかりました。電話番号を教えて下さい。今後は弁護士から連絡します。」と言い、B子の連絡先を聞いてから電話を切った。
その瞬間、全身の力が抜けるような感覚がした。
やっぱりだった。
やっぱり、そうだった。
続けて、独身の後輩・C子にも電話をかけた。
C子もすぐには出なかったが、折り返しかかってきた。
B子とは反応がまるで違った。
「え? なんのことですか? ちょっと意味がわからないんですけど……」
取り乱す様子もなく、冷たく突き放すような声。
「ちょっとふざけていただけです。誤解ですよ」
私は心の中で冷笑した。誤解?
だったら、なぜ「家に来て」なんてメッセージが送られていたのか。
私はあえて何も言わず、こう伝えた。
「そうですか。では、次回は弁護士から連絡します。」
相手の言い逃れを記録として残すためにも、このやりとりは大事だった。
2人に電話をしたことで、私は確信した。
夫は、3人と不倫をしていた。
1人は認め、1人は認めず嘘をつき、そして1人は脅迫までしてきた。
これはもう、単なる“浮気”ではない。
夫は、私を裏切る人生を選び続けていた。
私はスマホを置き、寝室に戻った。
まだ眠っている夫の顔を見ながら、自分の中で何かが冷たく固まっていくのを感じていた。
このまま見て見ぬふりをするわけにはいかない。
次は、本人と向き合う番だ――。
夫との対峙:最後のチャンス
私は寝室のドアを静かに閉め、夫の隣に腰を下ろした。
少し迷ったが、意を決して肩を揺さぶる。
「ねえ、起きて。話があるの」
夫は目をこすりながらゆっくり目を開けた。
寝起きのぼんやりした顔を見ても、今までのように優しい気持ちにはなれなかった。
むしろ、「よくそんな顔で眠れるな」とすら思った。
リビングに移動してソファに座る。夫は床に正座している。
私は静かに、けれどはっきりと言った。
「スマホ、見たよ。A子のことも、B子のことも、C子のことも。LINEの非表示リストに全部あった」
夫は一瞬で目を見開き、言葉を失った。
その表情を見て、私は確信した。やはり、全部本当だったのだ。
「さっき、B子とC子に電話した。2人共関係を認めた。
あなたのスマホの中にも“証拠”がたくさん残ってた」
C子については嘘をついた。カマをかけて夫から自白を引き出したかった。
夫は唇をわなわなと震わせ、ようやく絞り出すように言った。
「……ごめん。ちが……ちがうんだ、ほんとに……」
私は遮った。
「違うなら、ここで全部話して。
でも、もし正直に言わないなら……私は離婚する」
その一言に、夫の顔が強張る。
そして数秒の沈黙のあと、力なくうなだれてこう言った。
「……ごめん。全部、本当。……3人とも、関係があった。B子とは半年くらい。C子とは……3年前くらいに少し……。A子とは……本当に最近。」
私はその場で深く息を吸い、吐いた。
何もかもが想定以上だったけれど、今さら動揺は見せたくなかった。
「あなたね、脅迫されてたって言ってたときは、少し同情したよ。
でも、それは“たった一度の過ち”だった場合の話。
3人って……どういうこと?」
夫は答えなかった。
その沈黙が、何よりも残酷だった。
私は、もうこの人に何を期待しても無駄だと思った。
「いい? 今から言うこと、よく聞いてね。
B子とC子に、慰謝料を請求します」
その言葉に、夫の表情が一変した。
「ちょ、ちょっと待って。それは……そんなことしたら大変なことに……」
「不倫相手をかばいたいの?」
私が鋭く返すと、夫は何も言わずに目をそらした。
「かばうなら、あなたとはもう終わり。離婚する」
私の声は冷たく、そして自分でも驚くほど静かだった。
夫はそれ以上、一言も発しなかった。
その沈黙が、答えだった。
慰謝料請求宣言:揺れる夫の反応
「職場の不倫相手2人に慰謝料を請求する」
私がそう宣言したとき、夫の顔は一瞬で青ざめた。
「……でも、それって、本当にやるの? 本気なの……?」
本気に決まってる。
この期に及んで、まだ“なんとか丸く収めよう”なんて考えているのかと、呆れすら感じた。
「あなたね、自分が何をしたか、ちゃんと理解してる?
私は、あなたの仕事が忙しいから、仕事に集中できるような環境を整えてた。
帰りが遅くても休日出勤しても、文句を言ったことはないよね。
なのにあなたは、その裏で3人の女性と関係を持ってた。
そんなひどい裏切りある?」
夫は言葉を探すように視線を泳がせたが、結局、何も言えなかった。
「しかも、B子は既婚者でしょ? あちらの家庭にも影響が出るかもしれない。
C子だって、同じ課の後輩。立場を利用してたってことにならない?」
私は冷静に、事実だけを淡々と並べた。
このときすでに、私の中で「感情」は少しずつ凍りついていた。
「……でも、請求なんかしたら、向こうの家庭も壊れるかもしれないし、職場でも……」
夫がようやく口にした言葉は、“相手を守る”ためのものだった。
「それって私や子どものことより、あの人たちの心配をしてるってこと?」
静かに、でもハッキリとそう言うと、夫は何も言えなくなった。
その沈黙は、すべてを物語っていた。
私はもう、決めていた。
「……もう、あなたの顔を見たくない。荷物をまとめて出ていって」
それだけを伝えた。
夫はうつむき、長い沈黙のあと、ただ一言「……わかった」とつぶやいた。
それは了承の言葉ではなく、諦めの言葉だったと思う。
その瞬間、私の中の“情”は音を立てて消えていった。
脅迫されていたときに抱いた、あのわずかな同情すらも。
「やっぱりこの人は、私の味方じゃなかった」
そう思ったら、涙は出なかった。
新たな決意:怒りと悲しみの狭間で
「……今日はもう遅いから、明日出て行って」
静かに、でも決して揺るがない声でそう告げると、夫はうつむいたまま黙ってうなずいた。
寝室に戻っていくその背中を見送りながら、私はリビングにぽつんと座り込んだ。
家の中は、信じられないほど静かだった。
本当は、怒鳴りたいぐらい怒っていた。
けれど、それ以上に心が疲れ切っていて、声すら出なかった。
ただ、頭の中ではぐるぐると色んなことが巡っていた。
今日の朝までは幸せだったのに。
人生最悪の母の日だった。
これから何度巡ってきても、きっとこの日を思い出すだろう。
子どもたちからもらったプレゼントを見ていると涙が止まらなくなった。
声が出るわけでもなく、ただ静かに、でも確実に涙が頬を伝って落ちていく。
気づけばスマホを握りしめたまま、母の名前をタップしていた。
「……もしもし、お母さん……ごめん、こんな夜中に……。
ちょっと、聞いてほしくて……」
ようやく絞り出した声は、涙で震えていた。
「夫が……浮気してたの。1人じゃなかった。3人も……」
それ以上、うまく言葉が出なかった。
でも、母はすべてを受け止めてくれた。
「大丈夫。話してくれてよかったよ。あんたが悪いわけじゃないよ」
その優しい声に、私は声をあげて泣いた。
自分がどれだけ我慢していたのか、そのとき初めてわかった気がした。
心はぐちゃぐちゃで、整理なんてできていなかった。
怒りと悲しみと、どうしようもない空虚感。
でも、たった一つだけ決まっていることがあった。
私はもう、このまま黙っているつもりはない。
幸せを壊した人たちには、それなりの責任を取ってもらう。
▶続きはこちら→ 子どもたちには真実を隠し、夫を追い出した朝
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