夫が不倫した理由
表面的には何も問題がなかった
私は夫のことが本当に好きでした。
特に不満もなく、喧嘩をした記憶もほとんどありません。
以前の職場では、夫の愚痴を言う人がたくさんいました。
「ギャンブルばかり」「育児に非協力的」「家事をしない」「すぐ怒る」など、
いろんな話を聞くたびに「うちは違う。恵まれてる」と感じていたのです。
夫は優しく、子どもにもよく接してくれました。
だからこそ、私はどこかで安心しきっていたのかもしれません。
夫の寂しさに気づかなかった
子どもが生まれてから、私は自然と子どもを最優先にするようになりました。
赤ちゃんのお世話、夜泣き、離乳食、病院…とにかく毎日が慌ただしく、
自分のことも夫のことも、後回しにせざるを得なかったのです。
気づけば「子どもたち > 夫」という図式が当たり前になっていて、
夫の気持ちや欲求に目を向ける余裕が、私にはありませんでした。
年齢とともにセックスの回数は減り、
恋人というよりは「戦友」「同居人」になっていく。
そういうものだろう、みんなそうだろうと思っていたけれど――
夫は違いました。
何年経っても、付き合っていた頃のようにスキンシップを求めてきて、
毎日のように「大好きだよ」と伝えてくれる夫。
でも私はそれに応えきれず、適当に流してしまうことも多かった。
私は「お母さん」になったけれど、
夫は「お父さん」になりきれず、ずっと恋人でいたかったのかもしれません。
夫の言葉に何も言えなかった
不倫が発覚したあと、夫に理由を聞いたとき、彼はこう言いました。
「嫌われたくなかった。ゆるりは仕事に家事に育児に…忙しそうで、俺にかまう余裕がなさそうだったから…。我慢しなきゃって、自分で処理しなきゃって思ってた」
責める言葉も、泣く言葉も出てきませんでした。
ただ、私は何も言えなかった。
仮面夫婦だったのかもしれない
私は自分の見たい部分だけを見て、
夫の弱さや苦しさには目を向けなかった。
そして私自身も、自分の弱さや汚い感情を見せることを避けていました。
「ちゃんとしなきゃ」「いい母でいなきゃ」と、
気を張っていたのかもしれません。
よく「喧嘩できる夫婦は本音でぶつかり合える」と聞きます。
私たちは、喧嘩すらありませんでした。
ただお互いに気を遣い、不満を内側に溜め込むだけ。
仲が良いと思っていたのは私だけで、
本当はただの仮面夫婦だったのかもしれない――
今は、そんなふうに思います。
今なら少しわかる「逃げ道」の意味
昔の私は、不倫をする人の気持ちなんて理解できませんでした。
でも今なら、少しだけわかる気がします。
誰かに求められること。
自分の価値を肯定してもらえること。
「お母さん」ではなく「私」として見てもらえること――
現実から逃げたい、
満たされない寂しさをどこかで埋め合わせたい、
そんな感情に駆られる瞬間がきっとあったんだろう。
私は専業主婦なので、新たな出会いはありません。
だからこそ、自分が踏みとどまれているのかもしれない。
満たされない寂しさを抱えたときに出会いがあったら…私も、夫と同じ道を選んでしまっていたかもしれない。
「私はしないから、きっと夫もしない」
そんなふうに信じていたけど、
それは一方的な幻想だったんだと思い知りました。
今の私は、ただ日々をやり過ごしているだけ。
誰にも言えない想いを抱えて、一日を終えています。
心の奥に、ぽっかりと空いた穴が残ったまま――。
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